Webサイト:https://www.fujifilm.com/fb/
取材にご協力していただいた
富士フイルムビジネスイノベーション株式会社
ビジネスソリューションサービス事業本部
技術開発グループ グループ長
菊地 理夫 様
複合機およびソフトウェア商品の研究、技術開発、商品開発から海外工場勤務までモノ作りのバリューチェーンに幅広く従事。複合機の電源設計、スキャナーやLEDプリントヘッドなどの光学系技術開発、高画質出力物の画像構造研究等の研究開発に加え、深圳工場の部品品質管理統括、研究テーマの新ビジネス立ち上げ等を歴任
BIRD INITIATIVE株式会社 執⾏役員CDO 兼
⽇本電気株式会社データサイエンス研究所
上席主席研究員
森永 聡
AI/データ分析技術領域において、多くの新規テーマ企画/立ち上げ・原理/応用研究・事業化/社会実装に従事。銀行リスク規制新制度設計と国際標準化、テキスト分析技術やホワイトボックス型予測技術の開発と製品化、NEC産総研AI連携研でのシミュレーション×AI技術研究の立ち上げ等を実施
(以下 敬称略)
今回は社会・市場、事業環境が大きく変化する中で、中長期的な時間を必要とする研究開発を企業がどの様にマネジメントする必要があるのか?について、グローバルに複合機やソリューションサービス事業を展開する富士フイルムビジネスイノベーション株式会社にて研究部門長などを歴任、現在もソリューションサービス領域の研究開発組織を率いる菊地理夫氏と、BIRD INITIATIVE株式会社(以下BIRD)のCDO兼 日本電気株式会社(以下NEC)におけるAI/データ分析技術領域のエキスパートである森永聡氏、お二人のリーダーに要諦を語っていただきました。
01技術者として
初めに、お二人のこれまでのキャリアについて教えて下さい。
菊地:入社時は商品開発部門で電源の回路設計を行なっていました。その後、複写機の画質に興味がありましたので、スキャナの光学系技術開発へ異動させてもらいました。当時は環境対応の為、鉛フリーのガラスへの期待がありましたが、鉛を入れて屈折率を高める手法を取らずに性能を高めるという難しい課題があり試行錯誤しました。レンズの設計は膨大なパラメータの評価関数の中から局所解を見つけ出す必要があり、その局所解にも関数を適用するという様な今の機械学習のアルゴリズムに似たものを扱っていました。その後、中国での生産体制強化の為、現地のベンダーが納入する部品の品質管理を3年ほど深圳のグループ会社で統括し、現地企業と現場や本社との間で技術とマネジメントの両面を率いるという貴重な経験を積むことができました。帰国後は、生産や開発での経験を活かすことを期待され、マーキング技術研究所、システム技術研究所の所長として50~100名程のメンバーと共に3DプリンティングやAI活用の技術開発を進めてきました。
森永:私は入社時から研究所に配属となり、会社として耐故障システム(Fault tolerant system)の研究を始めるというタイミングだったので、担当になりました。如何にシステムの信頼性を数学で表現するかという分野であり、システムの信頼度と予備系の冗長度のバランスを数理モデルとして研究していました。その後、政府が金融監督庁(現在の金融庁)を設立する際に金融工学に長けた人材をシステムベンダーに向けて募集していた為、会社から出向という形で送り出される事となりました。技術系の業務と思っていたところ事務官として各国との折衝に対応する業務にアサインされ、様々な国の担当者と国際交渉を行いました。NEC社内の文化や環境とは全く異なる人々との交渉で、民間で言う社会実装とは少し異なりますが、ただの数学者から実装に向けたタフな交渉や協調などを学ぶ貴重な経験でした。出向自体は1年半程でしたが、その後8年間兼務という形で継続して金融庁の業務は行なっていました。NECに戻ってからはAIやデータサイエンス、ビッグデータなど数理モデルの構築や解析を軸とする領域で、産総研や理研とも連携しながら研究開発を行って来ました。
02企業における研究開発
近年の社会環境の変化をどのように感じていますか?
菊地:社会変化のスピードは圧倒的に速くなっていると感じています。特に中国の社会変化は激しく、深圳に赴任していた際も24時間体制の工事であっという間に地下鉄が何本も作られました。特に政府が決定した事についてはScrap &Buildで既存の建屋なども瞬く間に変わってしまったのは衝撃でした。他にも中国で業務を始めた頃はATMで現金を利用していましたが、3年後の帰任する頃には電子マネーを利用していましたので官民問わず社会が大きく変わっているのを目の当たりにしました。一方で、日本に帰国すると中国に赴任した頃から何も変わっていない状況があり、大きなギャップを感じました。それでも今回のCovid-19はハードランディングではありましたが、日本の社会に急激な変化をもたらしましたね。働き方なども多様で柔軟性が求められる様になって来たのだと思います。
森永:仰る通り、中国の変化は非常に大きいものがありますね。特にアカデミックな領域でも中国の勢いを感じます。私はAI関係の学会に20年来参加していますが、昔は欧米の研究者がメインで登壇していたのが、今は中国、インドからの参加者が急激に増え、一部の著名な国際学会ではチケットの完売で参加できないという事があったりして、大変驚きました。両国は研究開発のスピードも速く、物量も大きいので、国際社会の中での日本のプレゼンスが下がってしまっている様に感じています。ただ、これまで積み上げてきた基礎研究が日本にはあるので、こういった分野に日本の活路を見出していく必要があるのではないかと思っています。
自社の事業環境について変化はありますか?
森永:私の周辺で言えば、AIやデータサイエンスへの期待が大きく変わりました。2000年以前は機械学習やデータ分析の研究をしていると「何遊んでいるの?」と言われる程でしたが、2000年代のビッグデータブームではハードウェアから分析技術へ異動してくる研究者もいて、研究のトレンドが急激に変わりました。しかし、AI領域の研究は紆余曲折で、過去に世の中からも2回ほど注目を浴びる時期がありましたが、なかなか日の目を見ませんでした。今となっては笑い話ですが、当時は「AI」という言葉も縁起が良くないので、社内組織の名前に用いないように働きかけた事もあります。(笑)
菊地:直近で言えば、当社は2019年に資本構成が大きく変わり富士フイルムホールディングスの完全子会社として新たなスタートを切りました。社内体制や制度もグループ間でのシナジーを高める為に変化しています。2022年7月からは、ソリューション・サービス事業をさらに加速するため、これまでコストセンターとして全社向けに基礎研究から応用研究まで担ってきた研究所が、ソリューション・サービスを担う事業部門の一員となりました。私自身も所属している事業部への貢献を一層強く意識しています。これまでは研究しているテーマを事業化するにしても、どこかの事業部に受け入れてもらう必要がありましたが、今の体制ではその垣根がなくなり、スピードは出しやすくなったのではないかと思います。
これからの企業における研究開発の役割についてはどうお考えですか?
菊地:当然ですが、自社の売上・利益に新しい技術、新しい価値で貢献する事が企業の研究開発には求められますね。既存の事業に貢献する事も必要ですし、一方で先を見通して新しい研究テーマを設定していくバランスも重要だと考えています。
森永:菊地さんの仰る様に、全体のバランスを如何に保ちながらテーマを維持していくかが重要ですね。先程少し触れましたが、NECではAIや機械学習などの研究を始めたものの1990年代はなかなか社会実装が進まず、競合企業は研究開発から撤退していきました。それでもNECは辛抱強く研究を続け、言い方を変えれば「逃げ遅れた」だけと言われてしまうかもしれませんが(笑)、今になって画像認識、機械学習、AI、量子コンピューターなどの分野では先端を走っています。目先のテーマだけではなく、中長期的な成長が期待できる分野についても扱っていく事は求められていると考えています。
菊地:そうですね。その為には、「目利き」という事も非常に大切だと思います。単なる技術への目利きだけではなく、世の中の変化を如何に捉えていくか、という事も研究開発のマネジメントに求められている様に感じます。
森永:確かに目利きの力は本当に重要ですね。それと合わせてですが、この変化の激しい世の中では、先を見通すことが非常に難しくなっていると感じています。今でこそいろいろな場面で一般的に謳われるポートフォリオ管理ですが、元はボラティリティの高い様々な金融商品のリスクをヘッジするために使用されてきた管理手法です。不確実性が高くなっている昨今の社会環境・事業環境の中においては、企業の研究開発テーマも本質的な意味でポートフォリオ管理をしていく事が非常に重要になってきているとも思います。
新しい事業を開発していく為に乗り越えなければならない課題は何ですか?
森永:研究開発から事業を生み出すということは2つのパターンがあります。1つは既存のマーケットに対する研究から新しい価値を提供する事。2つ目はこれまでに無い新たな市場を開拓するパターンです。既存のマーケットに対しては販売チャネルを活用してスピーディーに流し込む事が出来ないところが課題でしたね。一方、新規マーケットはそもそもケイパビリティを持った人がほとんどいないという事です。10万人のグループ企業でも数えるほどしかいなかったのではないかと思います。ようやく社内でも方法論が確立されて来ましたが、それまでは個人プレーでしかなく、組織的な活動とは言えませんでした。
菊地:新しい事業を生み出していくという点においては、過去に大きく成功した事業がブレーキになってしまう事もあると思っています。いわゆるイノベーションのジレンマと呼ばれるものですが、既存事業への影響を最小限に抑える為、失敗を恐れてしまったり、成功までの時間を待てなかったりと成功体験が足枷となってしまっている部分もあると感じています。失敗しない最適なシステムとスピード感を持って新しいものを切り開いていくシステムは全く異なるものだと思います。また事業性の評価も課題だと思っています。成功体験の期間が長ければ、その評価方法も既存事業に沿ったものになってしまい、新規事業にはそぐわない事もあります。既存事業の売上100万円と新規事業での売上100万円は市場の成長率から逆算した正味現在価値では全く異なる意味合いを持つはずです。資料上の表記は同じ金額ですが、将来的な成長を考慮して事業性を見ていかなければならないと思っています。
03技術開発マネジメント
今後、技術開発マネジメントに求められる事は何ですか?
菊地:これまでの技術開発を振り返ってみると、ビジネス的な企画が先行し技術開発が追いつかないケースや、逆に技術開発が先行し気が付いたら市場のニーズとかけ離れていて結局振り出しに戻ってしまうという事がありました。あまり良いやり方ではなかったですね。近年はますます社会的な課題も複雑化し、一社だけでは解決できず、技術もパートナーも様々な組み合わせの中で事業開発をしていかなければならないと感じています。そう言った意味では、技術開発全体を俯瞰し、技術と事業の両方を並行して開発しなければならないと考えています。
森永:まさに当社が提供しているBIIMの一つ、BRL-TRLアセスメントに基づくマネジメントの話ですね。
菊地:そうですね。従来の技術的な開発状況のモニタリングだけではなく、事業化の進捗状況も同時に把握していく事が非常に重要だと実感させられました。特に、事業開発のプロセスは今まで研究開発部門では持ち合わせていなかった為、大変参考になりました。また実際に事業開発を進めてみるとお客様のニーズや技術開発の状況によって、活動の位置付けが大きく変わってしまう事もありますが、状況が可視化されるので実務担当者とマネジメント層で共通の認識をする事が出来る様になったので、コミュニケーションも円滑になりました。
森永:NECでもようやく事業開発プロセスが整備され、新規事業の進め方自体は共通の認識で進められるようになってきました。更に実験的ではありますが、新しい領域の研究テーマについても基礎、応用、実装の各段階で事業開発活動を平行して進める取り組みを始めています。これまでの基礎研究、応用研究、事業化といったリニアなモデルでは10年くらいかかって新規事業の市場性を検証判断するようなケースもありましたが、今では研究の初期段階から顧客のニーズ等を把握する事がGateの基準にもなってきました。研究開発も事業開発も様々な課題を解決して進めて行くものではあるので、苦しい部分ではありますが右往左往しながらも進められているのは、きっと正しいのだと思っています。
これからの研究者自身の意識については?
菊地:私は年頭の挨拶などで3つの事が重要だとメンバーに伝えています。1つ目は「社会をより良くする為に労力を惜しまない事」、2つ目は「計画を微修正しながらスピーディーに進めること」、3つ目は「多様性を尊重し、多様な意見を昇華させてより良いものにする事」。事業性も重要ではありますが、それはお金の計算というよりは「こんな事が出来たら良い」というイメージを持つことの方が大切だと思っています。例えばですが、たまに私が理解出来ないような研究テーマを持ってくる研究者がいて。最初は何を言っているのか分からなくても、何度も聞き方を変えながら理解するようにしています。一生懸命説明しているのであれば、何かあるには違いないと思い、一度やらせてみるようにしています。結果的にダメになることもありますが、研究者のエネルギー、情熱は大切にしたいと思っています。
森永:これは大変恥ずかしい話なのですが、、、、今でこそNECのホワイトボックス型のデータ分析も社会的に認知されてきていますが、当時の部下が最初に研究テーマとして持ってきた時、私は技術的に不可能だと思い却下した技術なんです。それでも研究者がなんとか形にして持ってきた時は衝撃的で、それ以来、自分の目利き能力を疑うようになりました。私自身、当時この領域でのエキスパートとしての自負もありましたので、その私が出来ないと思うようなことを可能にしてしまうものは本当に世の中に衝撃を与えるものだと思いました。研究テーマについて「やめた方がいい」というのには2つのパターンがあります。1つは「やってもつまらない」と言うもの。もう1つは「できるわけない」というもの。この件があってからは、「できるわけない」というパターンでも「やってみたら」というようになりました。
菊地:私も諦めの悪い人間ですので、経営層に何度もやめろと言われても諦めきれないものもあります。部下は資料を作るのが大変かも知れませんけど。(笑)この技術が世の中に出せたら絶対に凄いと思えるものがたまにあります。私自身が本当に心からそう思えるものについてはやはり諦めたくはありませんね。それともう一つ、これまで話したように今の社会では1社だけでは解決できないような課題に対して、他のパートナーと連携する事が求められてきていますので、エンジニアにも様々な人と交流して欲しいと思っています。これまで研究者同士の交流はありましたが、事業開発のプロフェッショナルの方々とセッションする機会は少なく、BIRDさんとの活動は非常に新鮮でした。
森永:NECもそうですが、研究者には個性的と言うか、チャーミングな人が多いですよね。(笑)貴社との活動でも侃侃諤諤の議論をさせていただきましたが、非常に情熱を持った技術者が多く、物事を前に進めようとする意欲を感じました。世で数多行われているワークセッションにおいては、議論が深まらないことが課題になる場合も多くありますが、今回のBIRDのコンサルタントは上手くファシリテーションしていたのではないかと思います。若干手前味噌ではありますが(笑)
菊地:やはり思っている事を言えない人を出しても化学変化は生まれないですね。社内でも思っていることをしっかり口に出せる人をBIRDさんとのプログラムに送り出しました。森永さんのチャーミングという言葉の使い方が新しいですね(笑)
04技術対談の最後に
最後にBIRDの魅力とは?
菊地:やはり多様性とプロフェッショナルはBIRDさんの魅力ですね。特にビジネスデザインの領域では北瀬さんを筆頭に、大手企業での実績がありますので非常に心強いパートナーです。それと大企業の事情を理解してくれる所です。これまでにも様々なベンチャー企業とお付き合いさせていただきましたが、やはり少し文化が違うところがありますね。どのように社内の意思決定者に働きかけた方が良いのか、決裁のスピードなどベンチャーの方には理解していただくのが難しいようなケースでも、BIRDさんは的確にアドバイスしてくれました。ベンチャーとしてのフットワークの良さと、大企業への理解を併せ持つ点は他の会社にはない強みだと思います。
森永:ありがとうございます。BIRDも2022年10月から経営体制も強化しましたので、より一層、皆様のお役に立てればと思っております。
企業プロファイル
社名
富士フイルムビジネスイノベーション株式会社
所在地
〒107-0052 東京都港区赤坂九丁目7番3号
代表取締役社長・CEO
浜 直樹
設立
1962年2月20日
資本金
200億円
事業内容
複合機・プリンターなどを中心としたオフィスソリューション事業、商業印刷分野におけるデジタル印刷機から印刷ワークフロー・ソリューションを提供するグラフィックコミュニケーション事業、ビジネスシーンの様々な課題に対して課題解決型のドキュメントサービスを提供するビジネスソリューション事業の3つの事業をグローバルに展開